文字だけのブログ

文字だけしか使いたくない時に使うブログ

右手のタイピングが苦手

私タイピングがまあまあ速い方だと思います。

友達にはめちゃくちゃ速いと言われるのですが、実際そこまでめちゃくちゃ速いわけではないと思いますし、ミスタイプも多いので、文章を書くスピードはまあまあくらいです。

https://www.e-typing.ne.jp/roma/check/

ちなみに今こちらのサイトでタイピング速度をチェックしたところ、「ランク:忍者」と出まして、忍者というのが果たしてどのくらいなのかさっぱりわからないでござるニンニンと思いまして、

http://snow-onyx.com/archives/3084

こちらの記事で調べてみたところ「タイパー初級者」に当たるそうでした。すると今度はタイパー初級者がよくわかりませんので、解説を見ると「友人に化物と言われるレベル」だそうで、やったーそりゃあすごいでござるわれこそはイコプ・ザ・モンスターなるぞ!

さてともかく、本題として、私は右利きなのですが、タイピングは右手のほうが苦手なのです。厳密には苦手というか、右手の動きが自由すぎるんですね。

タイピングって多分正確に打つためには、ホームポジションをしっかり守って、このキーはこの指みたいなことを正確に決めた方が良いかと思うんですけど、そういうちゃんとした練習をしてこなかったので、右手がめちゃくちゃ動くんですよ。

わかりにくいと思いますが頑張って伝えますと、例えば「困った」って入力する時に、ホームポジションのままでやりますとKを中指、Oを薬指、Mを人差し指で打つのが正解じゃないかと思うんですけど、そこで私人差し指が動いてKを人差し指、Oを中指、Mを人差し指・・・ってやってしまうんですよね。つまり、人差し指と中指の登場頻度がめちゃくちゃ多い。多分この動きがあるから、右手のミスタッチが多いんだと思ってます。

逆に、左手はほとんど正確にホームポジション通りに打ててると思います。なので、タイピング中、右手は細かくパソコンの上で動くんですけど、左手はホームポジション通りなので、ビタッと動かないです。

なんでこういう打ち方になったかって、想像するに、右利きだからだと思うんですよね。右手のほうが動かすのがもともと得意だから、ちょっとくらいの不規則な動きにも対応できてしまったぶん、細かく動くことを厭わない癖がついてしまった。左手は不自由な分、あまり動かなくてもいい形で型ができてしまったのだと。

とあるラーメン職人が、「ラーメンという値段や食材や形態が限られた中でこそ想像力が生まれる」と言っていました。なんとなくわかる気がします。ブログとかも「何でもいいから書いて」と言われるよりも、「リンゴとたこ焼きの関係について書いて」とかそういう制約があったほうが、面白いものが書ける気がするんですよね。制限があったほうが、その中で質の高いものができるというか。枠のない地面に水をこぼしたらこぼれるだけですけど、枠のあるところには水を溜められるというか・・・。

なので、私の右手ももう少し制限をかけて育て直したほうが良いかと思いますので、最近は頑張ってKOを中指薬指!で打つように気をつけています。

センター試験と金太郎

2020年、最後のセンター試験が終わりました。来年からは、共通テストというものに変わるそうです。

1990年から始まったもので、全31回行われたそうです。私も当時、受験しましたので懐かしいです。センター試験の日には雪が降りやすいというデータもあるようですが、私が受けたときも雪が降りまして、父親が車で試験会場まで送ってくれた記憶があります。

唐突に話は変わるんですけど、私はこれまで猫を何匹か飼ってきました。そのうちの一匹の猫、名前は金太郎という猫だったんですけど、その金太郎は、私がセンター試験を受けた日に亡くなってしまったんです。 

金太郎はもともと野良猫だったんですけれど、野良猫とは思えないような高貴な雰囲気の猫でして、好きな人ならわかるかもしれませんが、アメリカンショートヘアーが太った感じの猫でした。もしかして血統書つきだったのかもしれませんが、気づいたらうちの周りに住み着いていて、知らない間にうちに入ってくるようになり、知らない間に餌入れが家に設置されるようになり、知らない間に家の布団の上で寝ているようになりました。もともと一匹猫を飼っていたので、その猫と最初は喧嘩していたんですけど、知らない間に仲良くなっていました。不思議と、ほとんど鳴かない猫でした。

 

金太郎の一番の思い出は、ある日突然帰ってこなくなったことです。当時はまだ世間も緩くて、家と外を自由に出入りしながら猫を飼うことが何となく許されてた時代だったんですけれど、金太郎も好きに出入りしていました。そんな感じで猫を飼っていれば時々あることですけれど、3日くらい突然帰ってこなくなったんですね。

時々あることとはいえ、さすがに3日を超えると心配になって、「キンターキンター?」と叫んで回りながら近所を歩き回りました。でも、全然見つからなくて。そうしてさらに数日後、近所の方が道路の側溝に落ちて倒れていた金太郎を見つけて家に連れてきてくれました。

金太郎は多分、車に轢かれてしまったんだと思います。衰弱していたのもありますが、腰と後ろ足に全然力が入らない様子で、立てなくなっていました。水分とご飯はもりもり食べられたので、前足だけで力を入れる感じでご飯と水分を食べさせた後、病院につれていくと、腰の骨がたくさん折れているとのことでした。

「もう歩けるようにはならないかもしれない、可能性があるとしたら手術」と聞いて、私の両親は手術を選びました。人間でも大手術。ボルトが何本も入るような手術を、よく金太郎は受けたもんだと思います。

術後も、すぐに歩けるようにならなくて、しばらくは寝たきりでした。そのため、私や家族がなるべく隣について、なんとなく顔をみて「トイレにいきたそう」とか、「ご飯が食べたそう」と判断すると、トイレや餌場に連れて行っていました。鳴かない猫ですが、顔をみるとわかるのが、猫ですね。 

そんな金太郎も、そこから奇跡の回復を見せまして、気づくと怪我をする前より速いんじゃないかというくらいの勢いで爆走できるようになっていました。復活のあまり空中を飛ぶ雀とかを狩ってくることもあったので叱るくらいでした。

さて、そんな金太郎は、たしかセンター試験の1日目の試験中に亡くなってしまったと思います。何の予兆もなくて、唐突でした。死因もわかりませんでした。不思議なことに、その時の記憶が茫漠としてるんですよね。その日、金太郎が亡くなったことも含めて、前後の金太郎の様子の記憶がもやっとしています。おそらく、父と母が試験中の私に相当気を遣って、隠していたのかもしれませんが。試験が終わってから知ったのか、試験期間中に知ったのか、本当記憶がぼんやりしていて不思議なんですが。飼い猫が死んでしまったなら、三日三晩は号泣しそうな私ですが、それがそんな感じの記憶しか残っていないのは不思議です。

ただ、その時の私のセンター試験は、カンが冴え渡り、迷った答えが尽く正解していたということで、神がかり的な点数が取れて、無事大学にも合格できました。なんとなく、後から思えば、試験中に金太郎が舞い降りて力をくれていたような気がしています。そして、もしかしたらあの時、金太郎の看病をしていたのを、「お前なかなか向いてるよ」と思ってくれて、この進路を後押ししてくれたのかもしれないなあ…と勝手に思っています。

ナンバーワンにならなくてもよいけどなったら嬉しい

さて、昨年末に「文字だけのブログ」で検索したときに、一番上にくるようなブログを目指したいと他のブログで言っていた私ですが

 

 

f:id:ikopu:20200114150753j:plain

 

ウォアアアア目標達成ヤッタァアアバンザアアイ

 

さりげなく年明けから続いていた毎日更新が止まった直後のことでしたが、これをまたモチベーションに頑張りたいと思います。あ、でも今日はそれだけです何だかすみませんがお疲れ様です。

7年ぶりのブログ

Twitterで「私はここまで成長しました」というタグがあって、昔の自分の絵と今の絵を並べて変化を楽しむというものがあったので、私もブログを書き始めたころの昔のブログを久々に開いてみました。

と言っても、子供の頃に書いていたようなものはもう残っていないので、現存する最古の7年前のブログを見直したわけですが。

えー全然覚えてないなー俺こんなこと書いてたんだーみたいになるかと思いきや、意外と、ああ書いた書いたこれね、みたいな感じで大抵覚えてました。

人に聞いたこととか、人の名前とか、昨日食べたものとか大抵忘れるのに、7年前に書いたことこんなしっかり覚えてるって、、、凄い。自分で考えて、アウトプットしたものは忘れないということかもしれませんね。やっぱ人生、教わる受け取るよりも、外に出すことが内に刻むことになるんだ。

ただ昨日食べたものを忘れるのはなんらかの疾患の可能性もあるので気をつけてください。おやすみなさい。

ポストトゥルース

トランプ政権がイランの英雄的司令官を殺してしまい、その報復として米軍の基地をイランが攻撃しました。

トランプ大統領は、その直後のツイッターで「All is well !(全て問題ない)」と投稿し、波紋を広げています。

 

 

当初の報道では、アメリカの基地では死傷者は出ていないとアメリカ側からの報道がありましたが、イラン側からの報道では80人の死者が出たと報道されたようです。

 

どちらが本当かわかりませんが、アメリカ側は「反撃されればこちらもさらに反撃する」と言っていた以上、反撃されたと認めたくないでしょうし(本当に戦争したいと思ってはいないと信じています)、イランとしては「報復を果たした」という事実を作りたいでしょうし、どちらからの情報も信用しづらい状態です。

最近の政治はポストトゥルースの時代と呼ばれて、事実がどうこうよりも、感情をどう動かすかが重要になってきていると言われています。だからこそファクトチェックが大事とはいいますが、このような世界情勢でファクトチェックするすべを一般の私たちが持っているとは思えません。できるのは、国民感情をコントロールするために政治家が扇動するだろうことを意識して、斜に構えるくらいしかないと思います。

とにかく戦争にならないことを祈ってます・・・もう、戦争になっているのかもしれませんが・・・。

 

神様についての立場

神様に対する立場は色々あります。

ジョン・ヒックの「宗教と哲学」という本によれば、神様に対する立場として、

「無神論」

「不可知論」

「懐疑主義」

「自然主義」

「理神論」

「有神論」

「多神教」

「単一神教」

「汎神論」

「汎在神論」

「一神教」

とたくさんの分類があるようです。有神論と無神論だけだと思ってました!

で、私がそのうちどの立場に近いかなと思いますと、私の考えは「神様はいるかもしれないし、いないかもしれないし、それはもうわからない」というものでして、それはこの列挙の中では「不可知論」というものに近いようです。

 

「不可知論」というのは、引用しますと、

不可知論は文字通り「不-可知-論」であるが、この文脈においては神の存在を肯定したり、否定したりする十分な理由をわれわれは持ち合わせていないとする信念である。(宗教の哲学:ジョンヒック 筑摩書房)

ということらしいです。

 

つまり、神様が存在するかしないのか、わからないということ。

でも、この論はただ「わからない」ということではなくて、「わからないのが正しい」みたいなニュアンスを含みます。つまり神様がいるかいないのか、分かる人はおかしい、ということです。

 

その考え方を知って、これは私の医学に対する立場と似ていると思いました。

この薬が利く、効かない、この食べ物は体に良い、この健康食品は痩せる、とかそういうことを判断するときに、「効く」「効かない」と言えることもありますが、圧倒的に「わからない」ということがおおいのです。特に食べ物、栄養、健康食品なんかに関しては。なぜなら、きちんとしたデータが無いからです。

この食べ物が体に良いはず、だってこんな良い成分が入っているんですもの、という話はありますが、実際に体に良かったか、寿命がのびたか、それを50年食べたらどうだったか、というデータはほとんどの食べ物、健康食品でありません。様々なバイアス 、交絡因子が絡みますし、プラセボ効果も露骨に影響します。質の良いデータをとることが非常に難しい分野です。

ですので、私の立場は、多くの食事や健康食品に関しては、「それが体に良いか、わからないし、わかっている人がいたらおかしい」という食事に対する不可知論者です。なんだかめちゃくちゃ弱そうで、役に立たなそうな立場ですが、無いことを証明するのは、有ることを証明するより難しいことです。だからそれは、無知なり無力であることとは対局にあるはずだと思って、自信を持って「わからない」と言えるように頑張ります!

 

ピアノを始める

さて、新春ですから何か新しいことを始めたくなるのは最早人として当然のことでして、「よーし、今年こそ、痩せるぞー!」とか「1日1冊本を読もう!」とか、「毎日3分掃除をする!」とか、「論文を毎日一つ読む!」とか、「ブログ毎日1記事書くぞ」とか、そういう目標を立てがちですよね。まあ、全部私のことなんですけど、そんな毎日毎日無理ちゃう?と我ながら、空から自分を神の目で見ると思うのですが、でも新春の迸る私のやる気はそういう冷静な判断を圧倒的に曇らせていますので、とにかく頑張ろう、なんだったらもうピアノもはじめよう、とそういうわけです。

 

ピアノ、いいですよね。もちろんピアノは、大人になって突然始めるのはハードルが高い、とはいえ私は幼稚園の頃に近所のおばさんに半年ほどピアノを習い「この子は天才よ」と言われたことのある奇跡の存在ですので、おそらく磨かれぬままにいた才能の原石が今でも私のうちに輝いているはずなのです。ちなみに当時は右手と左手が違うことを始めたくらいで全然弾けなくなって辞めてしまったので、本当に才能あったのかな?と不安になりますが、信じる力イズパワーなので見たく無い現実は見ないようにします。

 

さて、で、私の奥さんはピアノが弾けるので、教えてもらいながらやろうと思うのですが、とりあえず一曲課題曲があったほうが良いだろうと思いまして、一曲、なんとなく良さそうな曲の楽譜を入手することにしました。イオンの楽器屋さんで、じろじろとピアノスコアのところを見て回ります。「初心者のためのなんちゃら」とか「大人が始めるピアノ」とかそういうザ私のためみたいなものがあったのですが、私は完全に形から入るタイプ、そういう初心者初心者みたいな奴は気持ちが全然乗ってこない、やるからには「やってる自分、かっこいい」みたいな奴にしたいと思いまして、ショパンとかそういうなプロっぽい言葉が並ぶところをじっと見つめた結果、一つの楽譜を手にとりました。

それはパッヘルベルのカノン。誰しも一度は聞いたことがあるあの名曲です。これだ。楽譜を見ますと、1ページ目はすごい音符が少なくて、だんだんと音符が増えてくるよに見えます。これだ。この曲を1曲弾けるに練習すれば、この曲と一緒に成長できるはずだ。

 

ということで帰宅し、1日目は妻に「この音符って何?レ?え?ソ?この数字は何?」と座学に集中し終わりました。まだピアノは触っていませんが、とにかく1日10分を目標にやっていきたいと思います。いつか弾けるようになったらスタンディングオベーションで祝福してくださいね。妻はすでになんだか苦笑いしています。